最後のコンフェティ

 

 

 

 


言うこときかないクセの強さに、すぐワックスの重みに負ける線の細さ、けどサラフワな猫っ毛は、昔の恋人達に割と気に入られてた。


左右で幅の違う二重に、明らかに足りない下まつげ。けど上のまつげは爪楊枝が乗るし、たくさんの人に、初対面の人にも、瞳の綺麗さを褒めてもらえる。

 

誰に会うでも、会わないでも、家を出る前には笑う練習をして、
いつもいい人に見えるように顔を作る。

どんな表情をすればどう見られるか、
どんな言葉運びをすればどう思われるか、
病的に考えて生きてきた。

自分が誤魔化しようないものを褒められると、ただ純粋に嬉しかった。

 

 

自分の中にあるこうしたい、と
こうするべき、の境目がわからなくなって、
自分の気持ちの本当がわからなくなる。


100人いれば100人分の顔を作らなきゃいけない自分に、心底疲れてしまう。

素でいられる友達や恋人に泣きついても、解決は出来ない。
たくさんの支えの中で、最後まで人らしさを掴めなかった。

 

どうして自分はこの言葉を発するのか、
どうして自分はこの人に笑いかけるのか、
たくさんのどうしての答えは見つからなくて、一番見つけなければいけないはずの、どうして生きていくのかも、ついにはわからなかった。

 

最後の生き甲斐が消えた時に、
自分は何を演じたらいいのかも、
何の為に生きていけばいいのかもわからなくなってしまった。

一人でも生きていこうと思わなきゃいけないのに、何のために自分を生かすのかがずっとわからない。

いつまでもこびりついて離れない無価値感を、払拭出来なかった。


自分なりに一生懸命繋ぎ止めていたものがプツンと切れた。本当は薄々感じていた。きっともうすぐ、そうなるだろうって。

けど最後まで縋り付こうと出来たことは、最後の大きな前進だったのかもしれない。

 

 


父親の虐待は自分だけがターゲットで、母親は精神病持ちで自殺未遂。
機能不全家族で育った自分はそのまんまアダルトチルドレンになった。

特定の男性に対する男性恐怖症になり、上手くコミュニケーションがとれなくなる。

失敗を許されない環境のせいで完璧主義が根付いて、許す許さないがわからないまま人に対して潔癖になってしまう。

満足に愛されずに容姿を貶され続けたことで身体醜形障害が発症する。

 

 


街中を歩く人達がどうして今生きているのかわからなかった。
どうして自分で命を終わらせることが良くないことなのかわからなかった。
どうして生きることも死ぬことも、ちゃんと考える人が少ないのかわからなかった。
生きることの方がつらいはずなのに、毎日笑っていられる人達が羨ましかった。


いろんなことが認められなくて、
いろんなものが自分と違って、
生きづらさはいつまでも拭えなかった。


たくさんの人に寄りかかって生きてきた。
失恋するたびに居場所を失っていた。
誰かの一番になって、
切っても切れないものがあると安心したかった。
そんな自分が重たいことは最初からわかっていた。

誰かと一緒にいられる間に変われたらよかった。

 

 


自分を大事にして、と言われると、真っ先に消えたくなった。
大事にすることが、全て生きることに繋がると思わないで欲しかった。
理解出来ないことを、頭がおかしいと言わないで欲しかった。

おかしいのはわかってる、
おかしいながらに生きる術を模索して、
そういう人たちが悲しむと言うから、先延ばしにしてきた。


誰かの悲しみを汲み取っても自分の悲しみが癒えることは無い。

自分が生きていく苦しさの責任はとってくれない。


そんなこと考えもしないで、
人は簡単に、
死なないで。
って言葉を投げてよこす。


責任を取ってほしいわけじゃない、
責任の取れない状況から、
一緒に模索してほしかった。

生きることだけは強制して、
生き方を教えてくれないことが、
馬鹿な自分には腹立たしいことだった。

 

 

 

本当はひと月待って、二月の自分の誕生日に死のうと思った。
その間に何かまた変わるかもしれない、次は上手く生きていけるかもしれないと思った。
その考えは1時間も持たなかった。


もうダメだった。
疲れきってた。
自分が思ってる以上に限界だった。

ずっと前から考えていたことを実行した。
止まらなかった。
後ろ髪引かれるものも何もなかった。


どこにも行かない、
どこにも帰らない、
全部終わらせるために、地元に帰ってきた。

 

 

 


大好きな人達、

どうか、この選択が、一番悪い選択だと思わないでほしい。

決して一時の気の迷いでもないし、
どす黒い感情に支配されている訳でもない。

大事に思われているのも理解してる、
応えられないことを心から申し訳なく思う、

どうしても乗り越えられない。
自分が心から欲しかったものは最後まで手に入らなかった。

今、最期の時を、自分の思うように過ごせて、
心から幸せだと思う。

 

 

 

 


自分の不幸を認める中で、それでも輝く幸福があったことも確かな事実。


心無い人達もたくさんいた。けどたくさんの人に恵まれてきた。だからこうやって、今まで生きてこれたんだろう。

息子のように可愛がってくれた人、

兄のように慕ってくれた人、

まだ頑張れるって言ってくれた人、

頑張らなくていいよと言ってくれた人、

自分の生き方をかっこいいと言ってくれた人、

自分が綺麗と言うものを綺麗と言ってくれた人、

自分が泣いてると泣いてくれた人、

自分の傷を愛おしいと言ってくれた人、

そのままでいいと言ってくれた人、

一緒に変わろうと言ってくれた人、


たくさんの愛に溢れた人生でした。


それでも、
生きることを、頑張れなくなりました。

ごめんなさい。

 

 


今平は、
大好きな地元、大好きな場所で、
静かに静かに冷たくなります。