好く、求める。

 

 


恋人ってなんでしょう


好きとか愛とか恋とか、よくわからないじゃないですか。
いろんなものがブレンドされてバランスの保たれた塊に、綺麗な色を付けるとそんな感じになる気がする。

何故動物は番になるのか、何故家族を作るのか、本能だとか遺伝子がどうとか言われたって理由にならない。
子供が作れないのなら尚更、そんな原始的な理由は当てはまらない。
どうして一人より二人がいいと思うのか。

好きって言葉が未だによくわからなくて、
それは独占欲なのか、執着心なのか、自分にとって都合が良いのか、便利なのか、好きって言ったって、何かを好くってだって必ず理由があるわけで、

あなたといると安心する、とか

あなたがいると頑張れる、とか

あなたのことを支えたい、とか

ベクトルはきっと外側に向かってだったり、内側に向けてだったり。


でもそこに至るまでに、つまり誰かと共にいたいと思うって、どういう脳のメカニズムなんだろうと。


快楽ならとりあえず誰でも求められるわけで(顔が好みがって話ではなく要は手や口が、穴があれば)、それだけじゃ理由としては弱い。
一時的なものでしかないし、
けれども安心感はまた違う。
生物的に気持ちが落ち着いてリラックス出来る環境って凄まじく大事なはずで、じゃあどうして安心するのかってなると、
この人は自分にとって害ではない、害を与えないってまず思える事と、
且つ自分の行動言動が阻害されない、いわば自分が好きに動いてもそれも互いに害にならないこと…なのかな。
害にならないってのは、恐らく行動を認めてくれる、容認してもらえるのと、言動と合わせてその理由を納得理解されて、受け入れてくれていること。
ここら辺は本当に人それぞれなんだろうけど、考え方の違いってのは大きい溝になる。

なんでこんな考え方するんだろう。って思っても平気なことと平気じゃないことがある。
違いを楽しめるものならまだいいのだ、
後者は大抵(と言っても自分のケースでしか語れないけど)生きていく上で自分を支えてきた考え方や行動の仕方だったりする。
友人ならまだ許せる範囲は広いだろうけど、恋人や伴侶、つまりは一緒にこれから生きていくもしくは共に過ごす時間が、関わる時間が多くなる人間に対しては許せなくなることも増えていく。
その後の自分にも影響があるし、自分だったらこうするのにって側で考え続けるのはとてもシンプルに苦痛である。


大事にしたいからって言われるよりも気持ちいいことがしたいからって言われる方がなるほど気楽だなとは思う。
誰かの大事を尊重して関わっていくことはきっと大人になるほど難しくて、ただの快楽しか目当てじゃないならそれは何倍にも過ごしやすいのだ。何せ変に期待をしなくて済むから。

この人は自分の事を、お互いを、守り、支え、励まし、これから共に寄り添って生きていくんだ、って人と、
この人は自分と気持ち良い時間を過ごすんだ、って人、
ごめんこれからは別の人にするわ
って言われた時にダメージが少ないのは、もちろん後者なわけで。

多くのリターンを求めるほどリスクも増え、そのリスクをカバーしようとすればするほどリターンを求めなくなっていく。
それでも誰かと一緒にいたいと思う理由は、いろんなリスクとリターンを削っていった先に、小さな小さな、けれどとても大きな何かがあるんだろうか。


そもそも出会いの時点で、何も知らない人と街中に二人でポンと出される状況なんて日常的にまず有り得ないのに、そりゃ乗り気もしないししたいことも思い浮かばないわ。
顔面審査が通ったならお互い気つかいあって無駄に時間とお金を使うよりホテル行った方が断然気楽。
馬鹿ほど金も時間も無駄にする、って言い切りたいけど知らない相手と向き合う余裕や引き出す能力は大事だよね。
結局ケースバイケースだとも思うけど。
相手のどこに興味があるかでだいぶ変わるのだろうか。

ホテル直行していい関係になったことも続かなかったこともあれば、ただのんびりご飯していい関係になれたこともなれなかったこともある。どうとも言い切れないか。
相手の外面に惹かれたのか内面に惹かれたのかに寄るのかな。
知る順番の優先度って、その時その時で変動していくもんね。


仕事への向き合い方、友人の定義、人生観、他人との関わり方、体の相性、お金の使い方、色々なものを知る必要があるけど、順番は決まってないし、先に知れるものもなかなか知れないものもある。勝手に視えるものも視えないものも。
知る為の条件も人それぞれ。難しいったらありゃしない。
そもそもどこまで考えて人と関わってるのかから始まる。一期一会すら大事に出来ない人との時間を大切にする必要は無い。


色々を知った上で別に好きじゃなくていい、居心地が良ければそれでいいと思う。好きだから付き合う、よりも、誰かに取られない為に付き合う、とかの方が言い得て妙だと。
付き合う時や付き合いたてに言われるより、半年くらい経ってから「あー、なんか、好きな気がする。」ってよくわかってなさそうな雰囲気で言われた方が理解出来る。
好きだから付き合うんじゃなくて、好きになりたいから、好きになるために付き合う形をとるって言った方がなんとなく自分の本質的には近い。


結局はこの人を知りたいと思うまでの過程が大事なのだ。
知りたいと思われるには、なんてよくわからないけど、自分を浅い人間だと思うなら深い人間を演じたらいい。見せられるものが少なくとも、見せてないものがあるように振る舞えばいい。
ありのまま全てを晒け出す必要は無い。
嘘を吐くのでなく見せるものを自分で選べばいい、自分の印象は自分が操作出来ることを忘れてはいけない。


話が脱線したけど、恋人って結局、ただの恋人でしかない気がする。
家族でも伴侶でもない、なるほど恋人って言葉は重いようで軽くて、けれどそれはきっとお互いにとって丁度良い軽さなんだと思う


気になる人、知りたい人、
好きになるまでと、好きを実感出来るまで、
恋人ってだけでいろんな意味が含まれてるのかもなあと、今更になって到達した
体の関係は付き合ってから、って人はたくさんいると思うし、出来ることならそっちの方が体裁的にも綺麗だし、変にやっかまれることもないだろうけど、別にどうでもいいと思うんだよね。
結局他人は他人なんだから。
ただそれを正当化することはどちらも良くないってだけで。どちらかが100%正しいなんてことは世の中全然無いんだから。
人それぞれ。他人がどうだって自分の人生には何にも関わってこない。自分のその価値観に合う人を探せばいいだけ。


好きじゃなくても付き合っていいと思うんだよ。知りたいと思ったら、気になったら、お互い最低限思いやれるなら。
お互いの状況や心情をちょっとでも話し合って理解し合って、その選択をしたらいい。
俺は好きなのに相手はまだ気になるレベルらしい…とかでも全然良いと思う。
相手に対して何らかの欲求が生まれてるなら、そこから発展させていけばいい。

 

好きって言葉がしっくり来ない人、

誰かが1ステップで到達出来たって、2ステップ、3ステップ必要な人は必ずいるし、
価値観とか、考え方なんて人それぞれみんな違う。

好きって言葉に悩まされずに、
自分がその人に対してなんらかの欲求があるかどうか、居心地が良いかどうかだけ考えたらいろんなハードルが下がるはず。

ダメだったら離れればいいし、
別れたらいいし。

会話が出来て、
相手の気持ちを汲み取れて、
お互いの最善を模索出来るならば、
きっとどう転んでも平気でしょう。

 

ただ気を付けて欲しいのは、相手と付き合う為に知る為に体の関係を持つ人と、ハナから体の関係しか求めていない人とではまた差異があるから、揉める原因になるってところだろうか。


愛とか言うのはまたきっと別次元だからいいや。
恋は上で色々言った欲求をピンク色にかたどった便利な言葉ってだけだろうそうだろう。

 

 

恋人ってなんでしょう

きっといつの間にか一つの傘に入ってるような存在かな


でもその傘の名前が恋人なんだろうな