10年の道

 

 

 

少し前から10年前の自分の写真、をどうのこうの、載せてなんやかんやするのが流行ってるそうで。TLで見かける写真がね、タイムスリップしまくりなんですけども。
ないですよそんなん、
10年前、14,5歳ですから。
ぴちぴちの中学生。
携帯も持ってなければ、遊ぶのも口約束で、部活と勉強と遊ぶのとで、毎日があっという間に過ぎていってましたね。

 

見かけると大体わざわざ引っ張り出してきてどうもご苦労様ですって思いながら静かにミュートするんですけども(FF外の方達)、たまに劇的な変化を遂げてる方も流れてきたりしてね、そっちは感心した後そのまま流しますわ。
というより本来そっちをメインに作られたタグなのではなかろうかと思うんだけど、ハイエナみたいに自己を顕示する場を狙ってるからね、みんなね。私は餌場が違うからこうやって物言っちゃってるんですけども。
ものすごく痩せた方とか、筋肉隆々になった方だとか、垢抜ける前の野暮ったい自分を恐る恐る見せてみたりだとか、時間ってすごいなって、様々と見せつけられますよね。


でもさあ、その中でも三十路過ぎて10年前の写真をポンと出せる人は、やばいよ。たぶん。
今平の中ではやばい。
最近毒吐くの辞めてたんですけど、ここまで来るともう毒とかじゃなく素直にやばい。
ていうかその辺の歳になるとなんか、さも当然かのように出すじゃん?
どっから持ってきたんだよそれ。
iCloudか?2011年リリースだぞ確か。
ガラケーのデータを移したものを大事に大事に取っておいてさあ今だと出して来たんだと思うと、泣ける。何の涙かはわからない。泣ける。

 

写真出す→10年前もカッコ(カワ)いいですねor今の方が好きですor今も昔もカッコ(カワ)いいですね

パターンなんだよもう、プログラミングされてるかのように、見るリプライほぼこれ。言ってるやつらに心は無いのかと。尚更これでなにが満たされるのかと。
ツイドルって、他のツイドルのリプライ欄とか見ないの?あと自分にかわいいかっこいいって言ってくれてるおじさんとか陰キャのリプライ欄見てみ?botか!てなるよ。
頭の作り気になるよね。両者共に。

湯水のように湧き出るその媚びたセリフと、なんかもう逆に虐められてんの?ってくらい滑稽に見えるそれに手を振るツイドル。

そのお立ち台、早く降りないと連れてかれちゃうよ。

二度と戻ってこれないよ。

 

 

 

 

 

 


って、だいぶゲロっちまったんですけど、

 

 

10年。
自分にとっては、ちょうど激動の時代が始まった頃なんじゃないかなと、振り返ってみるとね。
おそらく中学3年生、受験シーズン真っ只中。世はまさに児童相談所時代!!!!
そうです、父親の暴力のおかげで受験校まで担任の車で行くっていうVIPな時期でした。
ちょうど洗面所の窓から通学路が見えたりして、寝間着姿で制服の同級生を見送ってたりしてました。

でも馬鹿だから第一志望落ちたねごめんね先生、滑り止めでキュッと止まれたから許したってや。

 

 


そして今でも思い出せる、所内に同い年の男の子がいて、その子とめちゃんこ仲良くなったこと。一緒に遊んで、飯食って、風呂入って、もう共同生活してたらそりゃ仲良くなりますわな。

自分より早く出所(言い方な)が決まっちゃって、前日の夜滝のように涙を流したこと。
消灯の時間になっても布団でベソベソしてたら、一緒に寝て慰めてくれたこと。
それでも結局次の日の朝ごはんの時間にもベソベソ泣きじゃくってた自分。

 

今でも会いたい気持ちはしっかりあるけど、名前もうろ覚えで、きっと一生会えないんだろうなって、思い出す度に寂しくなります。


どうか強く生きていますように。
他の人よりも向かい風の強かった時を一緒に過ごせて、どれだけ心強かったか。
幸多き人生を歩めますように。

初めてこれは話に出したけど、
言霊が届きますように。

 

 


そしてそこから10年、なんとも落ち着かない人生をひたすらにもうボロ雑巾のように歩んでるわけですけど、
思えば流されて流されて、流されて流されての人生だったんだなと。
流された先で選択して、流されて選択して。
激流の中に飛び込むこともあったけれど、いつも誰かの意思に掴まってたのかもしれないと思った今日この頃です。

誰かの気持ちを汲んで、汲んで、汲んでる間に、自分のしたいことがわからなくなって、
そもそも自分のしたいことも、そんなに無くて、
自分の人生に価値を見出す瞬間が、全くないまま大人になって。

 


つい昨日、友達に叱られたんです。

おまえが勝手にてめぇの人生決められるとおもうなよ

って。(原文まま)
逆にね。なんかね。逆だよね。
こんな人生って言い方をしたから、自分で人生決めつけられるほど人生は小さいもんじゃねえぞって意味なんでしょうな。
その後で

自分の人生自分で作れ

って。この順番じゃなきゃ確かにダメだね。
いろんなことを見抜かれてるようで、半分は考え無しの癖に、ずるいなあって思いました。

 

 

 

自分の思い描いた人生をもう歩めないと悟った時、人はどうするのが一番正しいんでしょう。
ただひたすらに休息でしょうか、
次の人生に向けて、頭をリセットするんでしょうか。

この記事は、一つの区切りとして書いています。

 

 

 

思うに、大事なのは道では無く、
その道を歩く為の力なのではないかと。

最近は不調の無い日が無くて、
ああ体が壊れていってるんだな、と思う毎日です。けど病院にすら行けない。


人を動かすものは気持ちです。
心が死んだら、人はきっと、
もうどこにも行けないのだろうな。

 

 

でも、そうだ、10年前の自分へ

 

海が見たくなったから横浜に来た。

 

って、とりあえずでも言える場所に今いるよ。この後はどこ行くかわかんないけど。びっくりだろう。

日本は広かったぞ、世界はもっと広いみたいだぞ。頑張れ。頑張って今と違う世界線で生きていけ。

しあわせを掴め。