比べられないもの。

 

 


ここ一年で色々なことへの興味関心が薄れてきているのを感じる。
色々なことがどうでもいいのだ、簡単に言ってしまうと。自分自身でそういう方針を立てたのも少しあるが、元来の性格がそこに拍車をかけて、昔よりだいぶすっからかんな頭になってしまったように思う。
ただでさえ空っぽだったのに。大問題。

 

何故そうなったかって、
誰かの気持ちを察しすぎない、とか
察してもすぐにポイする、とか
きちんと自分の余裕と向き合ってから相手の気持ちを汲み取っていく、とか
まずは外からの刺激、と言っても自分が勝手に拾いに行ってしまうからある意味内からのとも言えるのかもしれないけれど、今まではガバガバにしてた心の感受する部分を自分の意思で開け閉め出来るように、意識して暮らしたんだよね。
意識するってめちゃくちゃ大事。無意識のものを意識するようにすると、変わるね。変わっちゃう。

 

 

あとは何かを見たり聞いたりして生まれた憤りや嫉妬心を一旦キープしつつ観察して掘り下げていく作業。
付いて回る感情はだいたいが劣等感や羨望感、大体は無意識のうちに比べてしまっているのだ、その何かしらと自分とを。その感情の処理方法を考えていかなければならない。
そしてその感情が生まれてしまう対象への接し方も。


鉢合わせてしまったら、大体は無視したら楽。
そして本当は知りもしなければそれが一番楽なのだ。

どこの世界の、どんな情報でも簡単に手に入ってしまう現代で、比較対象は昔よりも遥かに多くなっている。比べていけばきりのない広い世界で自分の立ち位置を客観視してしまえばそりゃ目も眩むだろう。
自分に必要な情報は何なのか、取捨選択を間違えると途端に潰される。


どうしようも出来ないものがたくさんあるのだ。一番に生まれや育ちは変えられない。環境を変えるには大きな力がいる、お金を手に入れるにしても努力と、そして運も絡む。力を貸してくれる人間もいれば足元を掬ってくるような人間もいる。

図太い芯を持ってして、夢や希望に満ち溢れた心でそこに懸命にぶつかっていける人間ならばきっと頑張っていけるのだろう。そうじゃない人間は同じように比較して頑張ろうと思っても苦しいだけなのだ。

 

どうしようも出来ないことを受け入れられないでいると、自分の向上心がそのまま自分の精神に向かって牙を剥く。
そしてその牙を上手く飼い慣らせている人間を見ると、傷ついてしまった心が疼くのだ。まして如何にも自分よりも頑張っていなさそうな人を見ると余計に、だ。
自分は上手くいかなかった、
あんなに頑張ったのに、
環境も整ってなかった、
人にも恵まれなかった、
なんでこんな奴が、
なんでこんなに不平等なんだ、
膨らんだ嫉妬心と劣等感に潰されて、上どころか前も向けず、自分の足元を見てはまた周りと比べて、俯いたまま歩き続ける。


けれどそこまで考えることが出来ていたら十分なのでは、と思うんだよね。
ここでどうでもよくなってしまえばそれでいい気がする。

自分の世界は自分にしか作れないことを改めて認識してしまえば後は簡単で、広げすぎた世界を少し小さくすればいい。
何段も飛ばして階段を駆け上がれる人なんて一握りもいないのだ。自分の足が今どこに着いているのかを知っているなら、遥か上では無く次の段を見据えればいい。
不必要に上なんて見ずに2段、3段先を見て足を運んでいければそれで十分なのだ。他の人間なんてどうでもいい。

たくさんのお金、やり甲斐のある仕事、綺麗な容姿、素敵な友人に素敵な恋人、素敵な家族。別に無くたっていいんだよ。
今の自分に少しだけ満足して、少しだけ変化を望むくらいがちょうどいい。
みんなどこかで平等に不平等で、遣る瀬の無い気持ちと闘っている。もちろん闘ってない人もいるだろうけど、それこそどうでもいいのだ。


自分に必要なものはいったい何なのか、
周りと比べることを辞めてからもう一度考えた時に、そこにあるのは驚くくらいにシンプルなものだと思う。
何の為に、誰の為に、雑念に塗れた行動は同じく雑念に塗れた世界に溶けていく。
今いる世界が息苦しいと思っているのであれば、一度全て捨ててまっさらな自分と向き合ってみるべきだろう。

 

 

輝いてなきゃいけないなんて誰が決めたのか。自分で思ってる以上に、自分で勝手に決めてしまってるルールというものはたくさんある。


あの人より綺麗じゃなくても、
あの子よりお洒落じゃなくても、
映える料理を食べてなくても、
キラキラした日常を過ごしていなくても、
それでもあなたはきっと素敵なのだから。

自然体のまま笑っていられたら、それこそその輝きは唯一無二のものだと今平は思うよ。

 


世界を恨んでしまったら、作り変えてしまおう。

その力は誰の中にも必ずあるから。