今日の日はいつか

 

 

「昔の自分だったら」と思えることは良いことでも悪いことでもある。最近のそう思ってしまう瞬間は、常に寂しさを纏っていた。

昔読み潰した本に積もった埃を撫でて払う時、思い出すのは本の内容と、その頃あった嬉しかったことや嫌なことだったりする。
何が楽しかったのか、何が悲しかったのか、この一節を読んでどう助けられたのか、昔の感情の痕をなぞりながら、過ぎた年月のことを考える。


誰しも、今起こったら違う結末が待っているであろう過去を少なからず持っている。ああしていれば上手くいってた、とか。あと少し我慢出来てたら、あと少しオトナだったら、とか。
それでもその時の精一杯が生んだ未来に生きていることを、今の自分自身がよく知っている。

けれどその未来にいながら、もうその失敗が出来ないことに寂しさを感じられるのは、ある種の贅沢で、又はおこがましさとも呼べるんだろうか。
あの時望んでいた"余裕のある自分"を持て余してしまう瞬間が否応なくあって、一生懸命に何かを掴もうとする気持ちごと何かに塗り替えられてしまった。


悪いことではない、
自分の変化を、まだ自分が受け入れられていないだけ。頭では理解出来ることを、好き勝手に動く感情が受け止めてくれない。

 


何も知らずに走れていた頃を懐かしく思える。色々を知った今の走り方を知らないからだ。
懐かしさに身を浸しながら、新しい走り方を考える必要がある。


昔の自分だったらわからないこと。
未来の先に、また未来があること。


昔の自分だったらわからないこと。
諦めたことにすら気付けないこと。

 

昔の自分に教えてあげたいこと。
見れてよかった、と思えるものがたくさんあること。

 

 

 

心のバスソルト

 


歩き疲れたし今日は贅沢してやろ!優雅な時間作ろ!って帰りにドラッグストアに寄ってさ、手に取ったのが150円とかのバスソルトに120円くらいのマスク。それはもう天才的な閃きだった。

天才がウキウキでお湯を張ったら熱いのなんので、半分流して半分水入れ直したんだけどこの時点で天才って肩書きはどっかいっちゃうし、虚ろな目で流れていくのも溜まっていくのも見てたよ。虚ろな目+全裸だよ。ここで優雅も消えた。

 

適温になってバスソルト入れてたら、小学校の時に実家で入れてもらってた入浴剤と全く同じ香りで、懐かしいし頭の中駆け抜ける思い出が平和と幸福の象徴でしか無くて思わず泣くところだった。
天才も優雅も消え去って全裸で情緒スライダーに落とされるなんて誰が予想出来ようか!!!

 


けどやっぱりこういうの入れると体の温まり具合が全然違うね、ぬるま湯が好きだから湯船もそんな熱くしないのに、いつもよりポッカポカ。発汗作用が効いてる。

今平の周りでは風邪が大流行してるのでね、みんなも栄養と睡眠をしっかり摂りながら、300円で優雅に体温めよ。
お湯の温度だけね、気をつけような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近何かをアウトプットしようとする時、いつものように誰に向けて、どの層に向けてアウトプットしたいのかを考えた先で、
そのアウトプットする意味を言わずもがな汲んでくれる(今平的に"だから好きなんじゃ!!!"ってなる)人達のことを思い浮かべてしまって、頭の中でそこまで見えてる+そんな人達がちゃんと視界に居るなら別に吐き出さなくてもいいんじゃないか、とか
けど伝えたい人達や知ってほしい人達、キッカケにしてほしい人達もいたりするわけで、でも宛ててるつもりも無い人達が変な箇所だけ気持ち悪く切り取ってやいのやいの言ってくることもたくさんあるし、また他の人が自分と同じ気持ちをすっと誰かの元へ流してるのを見ると宮迫フェイスで"ええやん…"って応援側に落ち着いちゃったりして、
そうやってなにか色々をプラスマイナスしたものを天秤にかけた結果、自分の中に留めておいてしまってるものが山程あって、その山程の中で何か言おうか、何か問いかけようかってわたわたと探してる内に、最早ガラクタと化した言葉達の中でプシュン…と、働きマンだった脳みそが動かなくなってしまうんですね。
Twitterもブログも下書きは溜まってるのに、発信することに意味を見出せぬまま、言葉と気持ちの鮮度が落ちていって、それに伴う感情も褪せていって、結果なにも!しない。

 

そうこうしてたら年末に引越しやら風邪やらのドタバタがあり(今平も引いてました)、このままだとキャパがオーバーするなと予測しTwitterを半月くらい離れたんですが、やっぱり余計な毒を吸わなくて済むんです。きれいなものも見れなくなるけど、気持ち的にはかなり、穏やかでした。

 

 

 


人の成長を目の当たりにするのが好きで、誰かが人ということの何かに気付いた瞬間を見るのも好きで、誰かが何かに苦悩している瞬間って、所謂原石が磨かれている過程であってとてつもなく美しいものだと思ってるんです。
もちろん本人が前向きであることが前提で、ただ苦しんでるだけの姿を見るのは居た堪れなくなるけれど。

日々目にするものの中にはやっぱり、現状に甘んじてる人がたくさんいて、自分の成長よりも誰かを蹴落とす方にベクトルを向けていたり、生まれかけた疑問に目を向けず楽な方を選んでしまっていたり、そういうのを見るとどうしても胸のあたりで何かがつっかえてしまう。

 

成長を喜べるってつまりその大元を好いていないと出来ないわけで、こういうところでやっぱり自分は人間が好きなんだなあって遠回しに実感させられたりもして、
けどベース的には人間であるあなたは好きだけど、あなたっていう個体が好きなわけじゃないからね。ってところもしっかりあって、自分でも誰かに対して抱いている感情の核的部分がわからなくなったりする。
友人家族恋人、それぞれの好きな理由、居心地の良い理由、会いたくなる理由、通じ合えてると思う理由、全ての表面にあるきれいに繕われたそれを剥がしたら、もしかしたら全ての真ん中にあるのは自分の醜いエゴだけで、ただただ性格の悪い人間なのではないかと、自己嫌悪してしまうこともある。
なにをエゴと呼ぶのか、なにを人間らしさと指すのか、線引きがまだ綺麗に出来ていないからだろうけど。

 

「自分にとって〇〇だから」

これは誰しもが対人関係を築く上で無意識のうちに脳が判断していることであって、良い意味でも悪い意味でもしっかり作動してしまうし、きっとそこで全員に優しくしよう、平等にしようと思ったら、全員のことを好きでも嫌いでもなくなってしまうんだろうな。


無理に嫌いな人を愛そうとすると、その分だけ大好きな人達を愛せなくなってしまう。
誰でも好きになれるってことは誰でも嫌いになれるってことで、
けれどそんな人が大事に出来る好きの気持ちってどんなもんなんだろうな。
って、不安になったりしてました。

不安になれるから、大事にしたいなとも思えるんだろうなと、深ーいところをちょっとだけ弾いて、あとはその他大勢の人間臭さを自分に擦り付けて、考えることをなあなあにして生きてたのが去年の後半。


答えは出ないけど、出るもんでもなかろうし、自分に対して疑心暗鬼でいられなくなったらもうそれは自己の消失だとも思うし、
三者の目を常に自分の後ろに引っ付けて置くのは堅苦しいようできっと大事なことなんだとも思うわけです。


疑える自分を信じて、その先に自信を持ってきて、くっつける言葉を選んで、
アウトプットラインが年々複雑になっていくけど、自分にしか作り出せないものが確かにあると思えるのは、生きていく上で何よりの力になるんです。

自分の生み出した感情を信じてあげることは、きっとそこに関わる人達を信じることに繋がっていくとも思うから。

 

誰かにもらったものを誰かに分け与えることができる人は決して多くは無いけれど、
日を重ねる毎に人間って素敵だなあって思えることが増えていってるので、ちょっと上手に生きていけてる気が、したりしてる。

 

 

 

 

 

 

 


一度、自分を亡くしてからもう少しで一年、
この街で受け取るおかえりの言葉が、温かくて恥ずかしくて、嬉しくて、愛(かな)しくて、
身の引き締まる思いで、新年を迎えられています。

 

 

 

 

年が明けました。
どうぞ今年も、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

まだまだ修繕中のアウトプットラインなので言葉足らずのちぐはぐですが、久しぶりの更新でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

タイトルはちょっとやかましくしてみました。

 

 

空のまにまに

 

 

 

20〜22と、三連休をいただいて東京散策をしてきました。一ヶ月ぶり。
前に来た時はちょこっっっと肌寒いくらいだったのが、今回はしっかり空気が冷えてた。
夜のお台場を闊歩した日があったんですが、好きな空気の匂いがして嬉しくなりました。

 

 

 

今回のメインは留学へ行ってしまう友達のお見送り。お見送りと言っても空港とかではなく、遊んでご飯してまた日本でねーってご挨拶をば。

それ以外にも本当いろんな人に…会えた…隙間時間活用しまくった。
声かけながらも、難しい人もたくさんいて悔しかったけど。

 

いつものたくまスタイルに、東京時代の常連さんに、仲良しマイフレンドもご飯だけとか、1時間だけとかでも会えたし、幸せ。

元彼にも、元恋仲の人にも会ったよって友達に伝えたら皆口揃えて「なにしてんの?」って言うんだけど、仲良しなんだよ!!!
不思議な寂しさも生まれるけど、楽しそうでよかったって気持ちのが強いよね。
笑いまくった東京でした。

 

 

 

 

それに行く先々で、知らない人との交流があったのがとても良かった。

 

店先のでっかい熊の置物と戯れてたら、外国人のご婦人が後ろから「graaaa!!」って驚かしてきたり(してやったり顔してた笑)、
露店で一緒に品物眺めてた人と違う場所で会って話が弾んで乳酸菌キャンディ貰ったり、
行列に並んでる時に後ろの親子とお喋りしたり(お母さんのクセが良かった)、
観光スポットでは外国人夫婦とソレイイネ!!って笑いあったり(フォトスポットのカツラとかカツラとか)、
もーーーーーーーーーーーー、

 

 

好き。

 

 

 


昔よりイイコトの方に目を向けるのが上手になりました今平。
スイッチの切り替えが出来るように、ナッテキタヨ。

マダカタコトダケド

 

 


乳酸菌キャンディくれた人が、山梨出身で、東京の嫌な空気に嫌気がさしてもう帰りたいって嘆いてたんだよね。
「お二人(今平+友達)は雰囲気が違うから、東京人じゃないなって思ってたんです、話せて良かった!」
って言ってくれて、東京の濃いとこにそこそこ居たけどワタシソマッテナイネって嬉しく思った。

 

見方とか、見る場所とか変えてみたら、少しは気が楽になるのかもなって思ったよお姉さん。
嫌な空気に呑まれるんじゃなくて、自分で自分の周りの空気を作っていっちゃおうよ。光合成しよ。汚いもん吸っても綺麗なもんを吐き出そ。いつか気にならなくなるよ、大丈夫だよ。

今平も嫌なものたくさん見たけど、今見えてるものは大好きなものの方が多いんだよ。

 

 

 


最近は考えることを放棄してたけど、
いろんな巡りあいに改めて感謝したプチ遠出でした。

 

 

 

 

 

今平が欲しいものは、エニシをエニシとして、大事に出来る人達です。再認識。

最近今平を好きって言ってくれた人は、


ゲームのログイン 1日前、
LINEの未読 3日目


とかって人でした。
無理です。(完璧なる愚痴)

愛し方も好きの形も人それぞれだけど、尊重し合えない形だったね。

 

 

 

 

 

あとカラオケで元彼が歌ってくれた、当時二人で大事にしてた歌に泣きそうになったトーキョーでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬来りなば、春遠からじ。

冬将軍に愛されつつある今平は、春の日の目を見られるのか…………

 

 


いざ冬眠!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

(寝るんかいってツッコミ待ち)

 

 

第一次老化期

 

 


Jess Glynne
Sam Hunt
Official髭男dism
Mrs.GREEN APPLE

 


ここら辺を聴き流してうだうだしてます。
よーし出掛けるかあーって思ったものの、雷の音を聞いて辞めました。素直に。
今日がレンタル返却日じゃなくてよかった…

 

 

少しずつ秋が近づいてきてますね。
この雨が上がった頃にはしっかり肌寒くなっていそうな。北海道なので一足先に体感出来るはず。
秋服まだ一着も買ってないんですけど、ここ数年お洒落に力を入れる余裕が全くない。大問題。
でも誕生日プレゼントに貰ったパンツがなかなかお洒落なので、パンツだけはちゃんと勝負出来る。

大事なのは中身だから!!!!!(ここでは衣服の中身つまりパンツのことを指しているのであって性格面やましてパンツの中身を指している訳ではない。決して。)


季節の変わり目だからね、体調気をつけようね。弟と母さんはしっかり風邪ひいてたよ。
お兄ちゃん(今平)は少し前に先取りして熱出したからね、今は平気。

 

 

 

 


2018年もあと数日で10月になってしまいますよ。3ヶ月でおしまい。早くない?????

4つの季節を過ごしたら歳を取っていくわけですよ。なんだかサイクルが年々早くなっていく。


いつぞやも言ったんだけど一人の人と季節二周目入ったことないからとても憧れるんですよね。割といつもワンシーズン彼氏。
衣替えかな?って。

そもそも居住地もワンシーズン、ツーシーズンで変わるから出来るわけがなかった

 

出来るわけがなかった!!!!!!!!!!!

 

(太字にして叫ぶことでストレス解消してる節はありますお付き合いください)

 

 


でもちゃんとその時々で話し合ったりしてるんですよ。
不安定だから今は付き合えない、とか
もう少し時間経ってから考えていこう、とか
一緒にはいたいと思ってるから過ごす時間を増やそう、とか
そしていつも胡座をかかれる。

 

仕方ないんですよ。
こっちは生活と仕事にあたふたしながらなんとか恋愛もこなそうとしてる中、相手は"本腰入れられないならとりあえずじゃあ片手間で。"ってなりますから。
合わない。いろんなことがふつーに生活してる方々と合わない。仕方ない。

この仕方ないで飲み込むのが苦しくなってきましたよ近頃は。

 

 

今は恋愛辞めとけクズって脳内の天使も言うんですけど、悪魔がでも潤いとか活力欲しいぢゃん?まぢ枯れみ〜って煽ってくるんです。

ほんとそれな。

 

 

 

 

 

 

 

 

最近Twitterのプロフィール写真見て、この顔だと…同い年くらいかな→→→3 歳 下
とかが割とあるから自分の顔ちょっとインプットし直さなきゃいけないと思ってる。

あと自分の年齢だとそこまで歳くったわ〜って思わないのに(思うけど)、1コ下のH6が24歳って聞くと一気に恐ろしくなる。そっちで実感湧いちゃう。

いつまでも脳内変換がH6=21くらいで止まってるんだよ。頭の中の式にH6=24なんてものは!ない!!

H10がハタチとかいう世界線に暮らすことになるなんて思ってもいなかった…お前ら10代だったじゃねえか…(震え声)

 


だからみんなH◯表記やめよう?
変換前と変換後で衝撃があるの。
これを第一次老化期と呼びます。労われ。

第二次老化期に入ってる方達は先人の知恵を授けてくだせえ。

 

 

 

 

あと物忘れも最近激しい。(深刻)

 

 

 

友達の友達の子の成長が早い。(可愛い)

 

 

 

 

 


とりあえずこの頃のモヤモヤに一区切り付きそうなので、また頑張って色々頑張ります。とりあえず頑張るんだよ。纏まらないけど。

 

 

頑張るよ!!!!!!!

 

 

 

 

 

好く、求める。

 

 


恋人ってなんでしょう


好きとか愛とか恋とか、よくわからないじゃないですか。
いろんなものがブレンドされてバランスの保たれた塊に、綺麗な色を付けるとそんな感じになる気がする。

何故動物は番になるのか、何故家族を作るのか、本能だとか遺伝子がどうとか言われたって理由にならない。
子供が作れないのなら尚更、そんな原始的な理由は当てはまらない。
どうして一人より二人がいいと思うのか。

好きって言葉が未だによくわからなくて、
それは独占欲なのか、執着心なのか、自分にとって都合が良いのか、便利なのか、好きって言ったって、何かを好くってだって必ず理由があるわけで、

あなたといると安心する、とか

あなたがいると頑張れる、とか

あなたのことを支えたい、とか

ベクトルはきっと外側に向かってだったり、内側に向けてだったり。


でもそこに至るまでに、つまり誰かと共にいたいと思うって、どういう脳のメカニズムなんだろうと。


快楽ならとりあえず誰でも求められるわけで(顔が好みがって話ではなく要は手や口が、穴があれば)、それだけじゃ理由としては弱い。
一時的なものでしかないし、
けれども安心感はまた違う。
生物的に気持ちが落ち着いてリラックス出来る環境って凄まじく大事なはずで、じゃあどうして安心するのかってなると、
この人は自分にとって害ではない、害を与えないってまず思える事と、
且つ自分の行動言動が阻害されない、いわば自分が好きに動いてもそれも互いに害にならないこと…なのかな。
害にならないってのは、恐らく行動を認めてくれる、容認してもらえるのと、言動と合わせてその理由を納得理解されて、受け入れてくれていること。
ここら辺は本当に人それぞれなんだろうけど、考え方の違いってのは大きい溝になる。

なんでこんな考え方するんだろう。って思っても平気なことと平気じゃないことがある。
違いを楽しめるものならまだいいのだ、
後者は大抵(と言っても自分のケースでしか語れないけど)生きていく上で自分を支えてきた考え方や行動の仕方だったりする。
友人ならまだ許せる範囲は広いだろうけど、恋人や伴侶、つまりは一緒にこれから生きていくもしくは共に過ごす時間が、関わる時間が多くなる人間に対しては許せなくなることも増えていく。
その後の自分にも影響があるし、自分だったらこうするのにって側で考え続けるのはとてもシンプルに苦痛である。


大事にしたいからって言われるよりも気持ちいいことがしたいからって言われる方がなるほど気楽だなとは思う。
誰かの大事を尊重して関わっていくことはきっと大人になるほど難しくて、ただの快楽しか目当てじゃないならそれは何倍にも過ごしやすいのだ。何せ変に期待をしなくて済むから。

この人は自分の事を、お互いを、守り、支え、励まし、これから共に寄り添って生きていくんだ、って人と、
この人は自分と気持ち良い時間を過ごすんだ、って人、
ごめんこれからは別の人にするわ
って言われた時にダメージが少ないのは、もちろん後者なわけで。

多くのリターンを求めるほどリスクも増え、そのリスクをカバーしようとすればするほどリターンを求めなくなっていく。
それでも誰かと一緒にいたいと思う理由は、いろんなリスクとリターンを削っていった先に、小さな小さな、けれどとても大きな何かがあるんだろうか。


そもそも出会いの時点で、何も知らない人と街中に二人でポンと出される状況なんて日常的にまず有り得ないのに、そりゃ乗り気もしないししたいことも思い浮かばないわ。
顔面審査が通ったならお互い気つかいあって無駄に時間とお金を使うよりホテル行った方が断然気楽。
馬鹿ほど金も時間も無駄にする、って言い切りたいけど知らない相手と向き合う余裕や引き出す能力は大事だよね。
結局ケースバイケースだとも思うけど。
相手のどこに興味があるかでだいぶ変わるのだろうか。

ホテル直行していい関係になったことも続かなかったこともあれば、ただのんびりご飯していい関係になれたこともなれなかったこともある。どうとも言い切れないか。
相手の外面に惹かれたのか内面に惹かれたのかに寄るのかな。
知る順番の優先度って、その時その時で変動していくもんね。


仕事への向き合い方、友人の定義、人生観、他人との関わり方、体の相性、お金の使い方、色々なものを知る必要があるけど、順番は決まってないし、先に知れるものもなかなか知れないものもある。勝手に視えるものも視えないものも。
知る為の条件も人それぞれ。難しいったらありゃしない。
そもそもどこまで考えて人と関わってるのかから始まる。一期一会すら大事に出来ない人との時間を大切にする必要は無い。


色々を知った上で別に好きじゃなくていい、居心地が良ければそれでいいと思う。好きだから付き合う、よりも、誰かに取られない為に付き合う、とかの方が言い得て妙だと。
付き合う時や付き合いたてに言われるより、半年くらい経ってから「あー、なんか、好きな気がする。」ってよくわかってなさそうな雰囲気で言われた方が理解出来る。
好きだから付き合うんじゃなくて、好きになりたいから、好きになるために付き合う形をとるって言った方がなんとなく自分の本質的には近い。


結局はこの人を知りたいと思うまでの過程が大事なのだ。
知りたいと思われるには、なんてよくわからないけど、自分を浅い人間だと思うなら深い人間を演じたらいい。見せられるものが少なくとも、見せてないものがあるように振る舞えばいい。
ありのまま全てを晒け出す必要は無い。
嘘を吐くのでなく見せるものを自分で選べばいい、自分の印象は自分が操作出来ることを忘れてはいけない。


話が脱線したけど、恋人って結局、ただの恋人でしかない気がする。
家族でも伴侶でもない、なるほど恋人って言葉は重いようで軽くて、けれどそれはきっとお互いにとって丁度良い軽さなんだと思う


気になる人、知りたい人、
好きになるまでと、好きを実感出来るまで、
恋人ってだけでいろんな意味が含まれてるのかもなあと、今更になって到達した
体の関係は付き合ってから、って人はたくさんいると思うし、出来ることならそっちの方が体裁的にも綺麗だし、変にやっかまれることもないだろうけど、別にどうでもいいと思うんだよね。
結局他人は他人なんだから。
ただそれを正当化することはどちらも良くないってだけで。どちらかが100%正しいなんてことは世の中全然無いんだから。
人それぞれ。他人がどうだって自分の人生には何にも関わってこない。自分のその価値観に合う人を探せばいいだけ。


好きじゃなくても付き合っていいと思うんだよ。知りたいと思ったら、気になったら、お互い最低限思いやれるなら。
お互いの状況や心情をちょっとでも話し合って理解し合って、その選択をしたらいい。
俺は好きなのに相手はまだ気になるレベルらしい…とかでも全然良いと思う。
相手に対して何らかの欲求が生まれてるなら、そこから発展させていけばいい。

 

好きって言葉がしっくり来ない人、

誰かが1ステップで到達出来たって、2ステップ、3ステップ必要な人は必ずいるし、
価値観とか、考え方なんて人それぞれみんな違う。

好きって言葉に悩まされずに、
自分がその人に対してなんらかの欲求があるかどうか、居心地が良いかどうかだけ考えたらいろんなハードルが下がるはず。

ダメだったら離れればいいし、
別れたらいいし。

会話が出来て、
相手の気持ちを汲み取れて、
お互いの最善を模索出来るならば、
きっとどう転んでも平気でしょう。

 

ただ気を付けて欲しいのは、相手と付き合う為に知る為に体の関係を持つ人と、ハナから体の関係しか求めていない人とではまた差異があるから、揉める原因になるってところだろうか。


愛とか言うのはまたきっと別次元だからいいや。
恋は上で色々言った欲求をピンク色にかたどった便利な言葉ってだけだろうそうだろう。

 

 

恋人ってなんでしょう

きっといつの間にか一つの傘に入ってるような存在かな


でもその傘の名前が恋人なんだろうな

 

 

遣らずの雨

 


日付が変わって六月も三十日。
覚えてる人はいないだろうけど今月はコンフェティ月間とかぬかした輩がおってのう。

 

 


今平っていうんだけど。

 

 

 

 


気がつけば六月最終日。
更新は二回。これをきちんと最後まで書ききれたら三回。

 

三回ですよ。
月間とか言って、三回。
毎日に変化が無さすぎてなかなかにネタが生まれないんですよ。

140字の呟きで収まることばかりでどうにもね。あと長文に向き合う集中力が無い。死活問題。

 

 

 

 

 


関東は梅雨明けしたらしいね。
去年より7日早くて平年より22日早いんだっけ。

6月中に明けるのまぢレアだかんね

って誰かが言ってた。

しかし函館は!一週間以上雨!二週間は雨予報が続いているんですよ。
遅めの蝦夷梅雨がやってきましたね、カビが生えそうです。

 


心の傷も癒えてないのに…って思ってたけど、たぶん晴れたらその時には気持ちも晴れてそう。って考えたら少し前向き。
雨はいつまでも降り続けられないからね、いつか必ず晴れるからね。頑張ろうねみんな。(巻き込む

 

 

 

 

 

 

そんな失恋中の傷に寄り添ってくれたのは大事なマイフレンド達と、あとgleeなんだよね。
知ってる人はすごく知ってると思うんだけど、あのなんかなんでもありな世界で、誰でもかんでもくっついては離れて、歌って色んなもの吹っ飛ばして、たまにじんわりさせてくるやつ。あれでだいぶ心支えてました。あれくらいラフでいたい。


たまにとか言ったけどたぶん二話見たら1回は泣いてた。いちいち泣く。年々緩くなる涙腺。
でもお前らどうせ2回一緒に歌ったらもう別れるんだろって猜疑心は手離さなかった。信じちゃダメ、絶対。

 

 

そんなこんなで次はやっとカートとブレインのプロポーズ回。

あ、ネタバレにならない?平気?今更言うけど。
プロポーズ回です。
ブレインの真っ直ぐな気持ちに、入り混じる幼さや、それを上回る熱情、見てて応援したくなるし胸が苦しくもなる。

カートの右往左往する気持ちもとても共感出来るし、けどそれでもお前ら絶対幸せになれるから…さっさとくっつけ…って心の中の仲人ババアがジャラジャラしたネックレスを振り回してる。早く幸せになって。

 

 

 


今平も一個前の恋人の時はちゃんと結婚まで考えてたんですよ。
安心感と信頼、あと向き合う姿勢とか、色々考えて、取り巻く環境や人や、いろんなことが変わっても長く一緒にいれたらって、結局ダメになっちゃったけど。初めてそこまで意識出来た人でした。

何より一緒にいて成長出来るんだろうなって思えたことが一番だったのかな、なかなかいない。
今までで一番つらい時期に、存在自体が励みになっていて、支えられてたんだろうと、今更ながら思う。きっと今だから思える。

 

そして柔軟さを、脆さを、もっと素直になることを教えてくれたのも、きっとその人との喧嘩があったおかげ…

情け無いけど、向き合えてる内に成長出来てたらよかったんでしょうなあ。

 


自分より社会性があって、生真面目で、根が楽天家でだらけた自分には苦しいこともあって…
難しいものだよね。

 

まだまだ課題ばっかり。

 


けど最近、独り身の未来もだけど、
誰かと過ごす未来の妄想もしっくり来るようにはなってきたのは大きな進歩だと思う。
相手の顔とか性格とか何にも定まらないけど、一人でも二人でも楽しく過ごすことが目標ですな。

 

 

 

 

 

 

 


さあこれでいいだろう!書いた!

コンフェティ月間終了!

 

 

 

 

 

いつのまにか春が去って、暖かくなって、また寒くなって、暖かくなって、そして雨に呑まれて…ゆっくりと季節が変わっていく我が地元。

 

どうか1日でも早く晴れ間が覗きますように、
少しだけお祈りしててください。


いつもいつも、ありがとうございます。

 

 

 

 

六月の紫陽花

 

 

まだ20℃の壁も越えず、最低気温がやっと二桁になってきたマイ地元。
この間お客さんから「ちょっと冷え込んでるんですか?」って言われたけど、「あったかくなってきました」って微笑んであげたよ。
広島人驚いてた。

 


今日は一日休みなので、朝早くから起きて掃除、洗濯、のんびりお昼ご飯を食べてドラマを1話分見た後に、公園にふらふらっと散歩しにきています。

 


嘘です。

 


13時頃起きて洗濯機を回しながらシャワーに入りドラマは適当に流しつつご飯はえっと、なんだっけ、バナナを1本食いやした。
ドタバタしつつ日が落ちる前にと、公園に来やした。帳尻は合わせた。

 

 

 

いつか好きな人と一緒に来たアジサイ園に来ております。寂しくはない。
少しずつ踏ん切るぞって意気込みは大事。自分の中でいろいろとあるんです前に進むステップが。

一緒に見ようって言ってたDVDもこの間の休みに一人で見たし、後でLINEで話せることも直接言うようにしてる。
少しずつ振り払って、自分の世界に残る残骸を掃除していきたい。じゃなきゃいつまでも苦しいまま。
というより、そこに囚われて踠いてるよりも、行動すべし!って感じだろうか。気が紛れるならなんだっていいのかも。

 

 

 

あの日2時間くらい二人で散歩した空間を、なんとか上書きしたくて来たんだよ。紫陽花の写真撮りたいってのが40%くらい。
でもまだなんにも咲いてない。ただの葉っぱ。あの時も何もなくてベンチに座ってのんびりしてたけど、調べたら7月中旬くらいからが見頃らしい。

遅すぎん????????


人なんてやっぱ誰もいなくて、家族連れとかはちょっと離れの遊具のある広場でのんびりしてる。
老夫婦が一組来て、綺麗だねえって歩いてて、心臓が少しだけキュッとなった。

 

 

 

 


家を出るときに、神の悪戯か、ばったり会ったんだよね好きな人と。向こうの出勤時間前になんとか頑張って出たのになんでお前今日少し早いんだよって。
今日は忙しそうだねえって話して、明日の出張気をつけてって言うて、久しぶりに手を振られた気がする。

 


たった一つの動作でここまでいろんなものが浄化されるのかと、いやはや流石ちょろ平。神さまこれ狙ったん?ちょっと叶えてやれんかったけどこれくらいなら頑張っちゃうもんね的なアレ?

お前まじで本命叶えろやこの野郎。さんきゅー。

 


笑ってくれるし、話してくれるし、
変わったけど変わってない。
全てを取っ払う方がきっと簡単だろうに、自分で大事に出来るものを選んで大事にしてもらえるのは、すごくすごく贅沢な事だよね。

 


またひとりの休日が増えるし、一緒の未来も見れないけれど、この紫陽花が咲く頃にはあの時楽しかったなって、思い出して笑えてることでしょう。

 

 

 


マイフレンド達、勇気をくれて、励ましてくれて本当にありがとう。
あなた方のおかげで、とても素敵な恋愛が出来ました。

本当にありがとう。