春より先に

 


Twitterでもポロっと(ポロっとが大きい)呟いたんですが、先日大好きな!方々が!函館に遊びに来てくれたのです。

あむしさんずましさんカッポゥ。

 


カッポゥ!!!!!!

 

 

 


半休の日だったので午前のうちに家事をこなしつつ、乾燥機が回るのを見ながら「もう少しで出れます!」とLINE。

地元のくせして距離感をナメてた今平は約束時間に無事遅れる始末。
でも二人は待ち合わせ場所にはおらず、すぐ近くのゲーセンでUFOキャッチャーをしておりました。安心。

 

 

当の二人にも言ってなかったんだけど、ゲーセンに到着してすぐ背の高い二人組を発見して(本当に目立ってた)、5分くらい観察したのち合流したんですね。
UFOキャッチャーにやんややんやしてるカッポゥを眺めながら、メダルゲームの椅子に座っておりました。

 

もうね、常々これは思ってるんですが、
待ち合わせの時って見つけられる側がよくないです?!
もしくは"あー!"って同時に気付くみたいな。

人見知りなんで声のかけ方が本当にわからない。未だにファーストコンタクトを友達に馬鹿にされる今平。悔しい。
慣れてきたらタックルとかしに行くんですけどね。
あと遠目から盗撮して本人に送るっていう怖いこともします。


今回はこっそり後ろから近づいて、
ずましさんに発見してもらいました。(発見されにいくスタイル)

 

 

 

 

駅前からベイエリアまで歩きクレープを食した後、山の麓から坂を登り函館公園へ。人里に下りた後はたこ焼きをつつきながら温かいコーヒーを求めてふらふら…。

途中夕立にあいつつも、ひったすらにのんびりと街ブラしました。
この緩いロケ感知ってる…モヤさまだ…
って終始頭の中にあった、あの空気感。
緩くも安心してられる雰囲気を醸し出せるカッポゥ、本当に素敵でした。

 

 

あむさんがずましさんに膝かっくんしてる姿はとても尊かったです。

 

 

 

 

来週末にも友達が来てくれるから…ほんともう…嬉しい…
みんな函館においで…寿司を食おう…

 

 

 

あむさん記事と

オフ会ついでに函館旅行してきた話 - あむしとずまし

 

 

ずましさん記事!

函館旅行の追記 - あむしとずまし

 

(何故かこう、記事の中に見出し?バナー?的リンクがつけられない。機械音痴にはただのリンクで精一杯である)

 

 

あむさんの記事、何故か里芋呼びになっててずっと髪型のせいだ!って思ってたんですけど、そういえば里芋好きって凄く公言してたことを今気付きました。

 

どうも里芋です。

お二人の記事も是非読んでくださいませ!

 

 

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愛される必要

 

 

 

きっかけは友達の相談を(半ば強引に)聞いている時、アドバイスとしてポロっと出た言葉に自分自身戸惑っているのだけど、纏まらなさそうだから書きながら考えてみる。

 

深い仲の友人、いわば親友がなかなか出来ないと嘆いていた彼。裏切られたり、実は良く思われていなかったり、人を見る目が無いのか…はたまたもう自分の人間性が悪いのではと落ち込んでいて、一人で生きていくんだい!!と今にも決心しそうな勢いだった。
それはどうにも寂しいよと、なんとなーく袖を引っ張りたくなって、結果引っ張った。


今平がこんな時に良く言うのは、
・期待をし過ぎない
・自分のペースを乱され過ぎない
・反省しても卑屈にはならない

とかそんなんなんだけど。

期待って自分の未熟さが面白い程アクセルになってしまうし、そこでクラッシュしようものなら期待した分だけダメージが大きいんだよね。時に怒り、時に悲しみ。どうしても心のどこかを抉っていく。


期待に対する何かが自分の思うように返ってこないとペースが乱れて余裕がどんどんすり減っていくし、そうして必要の無い事故を起こしてしまう。
繰り返される反省はやがて自分を責めるものに変わっていき、元の反省の目的を見失う。

そこまで辿り着いて自分の不甲斐なさを憎んだとして、だ

じゃあどうして、そんなに考えてまで誰かに好かれなきゃいけないのか。

 

「誰かに好かれなきゃいけない理由なんて本当は無いかもしれないよ」


と溢してしまった。
わかる?なんか、ねえ。
一人は寂しいよって引き止めたにもかかわらず!思ったことはこんなので、けどなんとなくそうだと思うんだよね…
つまり別物として考えたい。考えて欲しい。

 

 

誰の為に生きていくの?って、きっと突き詰めるとやっぱり人間自分の為に生きるんだよ。自分の人生を豊かに出来るのは自分しかいないし、周りの影響が何であれそれを形作っていくのも自分、選択するのも全部自分。


今平は周りの人が心地よく生きていけたらとても嬉しいけど、それってやっぱり結局自分が嬉しいんだよね。
だから、楽しく生きなくていいんだい!って言われてしまったらどうも出来なくなる。どうしてどうしてとはなると思うけど、望んでもいない幸福を押し付けられたって、それはもう幸福では無くなるからね。
その代わり、楽しく生きたい!って前を向けるなら何が何でもお手伝いしたいと思う。

 

 

話が逸れてしまったけど、誰かに好かれる事に重きを置いてしまうと、ちょっと苦しくないかい?
その人らに好かれて初めて自分の人生が成り立つわけでもない、その人らがいないと自分というものが無くなってしまうわけでもない、なんかもう生まれた瞬間に自分専用の頭も体も持ってるんだから、誰かの好きな自分になるんじゃなくて自分が好きな自分になりたいよね。
そうやって自分というものが満たされていたら、自然と誰かが横にいるんだよ。たぶん。


100人、1000人に認められる生き方よりも、自分を好きになれる生き方をした結果誰か一人でもそれをかっこいい!って思ってくれた方が、何倍も何倍も幸せだと思うんだ。

愛される必要はきっとあんまり無くて、
必要なのは、愛してくれた誰かを大事にすることと、誰かを愛する余裕を持つことだと思う。

 

 

ベクトルの向きってすごく大事。
そしてバランスも。

今平自身まーーーーーだまだそこら辺は浅い考えしか持ててないしお腹空いてこれ以上考えられないからおしまい。


何か考えるキッカケになれば、
そして誰かがステップ踏めれば、意味のあるぼやきになるであろう…

 

もう認められなくたって、好かれなくたって、愛されなくたっていーや!って、自分の好きなことしちゃおうよ。

色々は別問題として置いといて、

誰かの心を傷つけなきゃそれでいいのさ。

 

 

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必要資格は里芋?

 

 

病棟の看護婦さんに吉野さん(仮)というとてもパワフルな女性がいる。背が小さく、ハツラツとしていて、ちょっとぽっちゃり。
もし森三中が勢力拡大と題して森四中になるとしたら、間違いなく吉野さん(仮)が選ばれるであろう、そんな人。

患者さんにも容赦無いパワフルぶりは、聞いててちょっと!って思うことが多々ある(もちろん笑える方で)。

 


〜患者さんとお喋り中
「なーにあんた、喧嘩売ってんのかい?」
「買うよー喧嘩なんてー」
「グーでいくからね!」


〜今平とペット談義中
「やっぱかわいいんだよね、寄ってくるもんはなんでもかわいいわ。」
他の看護婦さん「今寄ってくるよ、薬がどーのご飯があーだこーだって(患者さんのこと)。」
「蹴っ飛ばしてやる」


〜お昼ご飯の時間
「◯◯さーーーーーん!!ご飯来たよーーーーー!!」
「あたしが食べちゃうよーーーー!!」
「………イタダキマス…」

 


出てくる言葉は厳しい(?)けど患者さんにめちゃくちゃ優しい吉野さん(仮)。
今日も元気に仕事を終えていた。


「そろそろ上がる時間だな……チッ、1分も無駄に働いちまった。」

 

 

 

 

 

 

 


病院食で今までに2回出てきた"里芋の揚げ煮"が頬っぺたが落ちるくらい美味しくて、鍋いっぱいにください!って言いたいレベルなんだけど、本当にレシピが知りたい。

こいつは美味え…革命だ…って料理に巡り合うと真っ先にこの料理を作ってくれる恋人を探そう!ってなるんだけど(単純と言えば聞こえはいいが恋人の存在意義を疑われかねない)、今までの傾向を見るとすぐに自分でマスターしちゃうんだな。

 


3年くらい前、結婚してる友達に、これまたありがちな質問だけど長続きの秘訣を聞いた時ことがあった。


「どうしたら長く続くんだろう、長く続くというか、いい相手が見つかるんだろう(この時も独身)。」

「いい相手が見つかるかはわかんないけど、いい相手ってどんな人?ってところから考えてみたらいいかもね。
例えば私の友達は、顔も良くて…お金もあって…自分を優先してくれて…ってどんどん条件を挙げていく子がいるんだけど、ほとんどが"その子が欲しいもの"なんだよね。"欲しいものを持ってる人が欲しい"…みたいな、上手く言えないんだけどね。」

「なるほど。」

「私は逆に欲しいものは全部自分で一回手に入れようと頑張って見るタイプだから、恋人に求めないことが、上手く続いてる理由の一つなのかもしれない。
あれが欲しいこれが欲しい、っていろんなものを見るのも楽しいけど、好きな人の力になれるって嬉しいことだからさ。求めることも大事だけど、それ以上に与えることの方が私にとっては大事かもしれない………って言いながら、たくさん貰っちゃってるけどね。」

 


照れ笑いしながら話してくれた内容は見事その後の今平を形成する一つになった。


◯◯してくれたら嬉しい…は綺麗に昇華され、◯◯してあげたら喜ぶかな…となって今尚今平の成長を促している。

ベクトルの向きが同じだときっと上手くいくのかな、その子の旦那さんも欲しがるより与える側の人だったな。

 

 

 

手にしてしまえば案外いらなくなったりして、

自分の体を鍛えたら相手の体型もさほど気にならなくなるし、
自分で作れるようになってしまえば料理の腕も気にならなくなるし、
なんだかんだ自足していけちゃうことが嬉しくもあり寂しくもあり…

けれどいろんな人の横に立っても恥ずかしくない人間でありたいなと、自分の向上心を奮い立たせる毎日なのです。


いろんなことを学ぶと、一人で歩く道でもたくさんの新しい発見があって、楽しくなるんです…よ……寂しくないやい!

お互い求めすぎず、与え合える関係、
憧れますなァ…

 

 

 


現在昇華タスクに入ってるものといえば、

・バイクの免許を取る
・マッサージの勉強をする

くらいだろうか。

理由はもちろんバイクの後ろに乗りたいし、
上手なマッサージをされたいからだ!!!!!
どちらかでも今平に与えられる方はこぞってご連絡ください。跳ねます。

 


あ、あとは里芋料理が上手な人も……。

 

 

 

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彼は氷山

 


祈りが通じたのか今朝も豪雪。
降るわ降るわ昨日よりも大量の雪…!
嬉しいなあ。

 

昨日の新田さん(仮)を書いてたら思い出したので前の病棟の話をもう一つ、
保護室から大部屋に移ってすぐ、この病院に来てから唯一イラッとしたお話。

 

 

 

大部屋で隣になった患者さんは一日中音楽を聴いてたりラジオを聴いてたり、ベッドから全く動かない人だった。
日中は昼寝も多く、トイレ以外はほぼベッドの上だろう。
よく聴く音楽はタイタニックのテーマで、壮大な音楽がたまにイヤホン越しに聴こえてくる。ベッドの上でしゃがんでひたすらラジカセに向かう、それが夜の消灯時間を過ぎても続く。


イラッとした理由は音漏れでは無く、また騒がしいわけでも無いが、この人がここにいるであろう理由の一つ…なのか、

エメエメエメエメエメエメエメ…

という囁き…

 

いや囁きなんて優しいものではなく、これはもう聞いたことがある人には想像してもらいやすいのが、呪怨で有名なかの伽倻子嬢の発する、

ア"ア"ア"ア"…

というあの声帯をギリギリ震わせたかのような呻き声…。
その"エメver."である…(歌手のAimerとは全く関係ない)。


しかもそれが何故か!消灯後のみの限定公演で、安眠直前、俊雄君もびっくりであろう呻き声に今平氏の心は震え上がった。
なんとか気を紛らわせて眠りについたのは1時間か2時間か後だった…。

 

 

 

 

眠りに落ちた後、夢の中で何故か超高性能アンドロイド(女型)と暮らす今平。
「ワタシ物真似を覚えたんです!!」と意気揚々と話すアンドロイ子。
そして彼女の口から発せられる


エメエメエメエメエメエメ…


という恐ろしい呻き声!!!!!!!


「やめろ!!!!!!」と本気で怒る今平。


止まらぬ呻き声。


アンドロイ子をはたく今平。


止まらぬ呻き声。


裏拳で頭を吹っ飛ばす今平。


止まらぬ呻き声。


飛ばされた頭を粉々に踏み潰す今平。


止まらぬ呻き声。

 

ここで目が覚めた。

 

 

 

 


早朝5時。
隣には寝る前と変わらずしゃがんでラジカセに向かう男がいた。

 

 

My heart will go on.

 

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新田さん(仮)

 

雨が降るくらい暖かくなったと思ったら、朝方ちょっとだけ豪雪。春の訪れも待ち遠しいけど、冬大好き人間としては雪有難し…
春はまだしばらく先!看護婦さん達は家と職場の雪かきを思ってか、苦ーい顔をしてたけど。

今平は入院中にも新しいおばあちゃんが出来てホクホクしてたんだけど、病棟が移ってからは会えておらず、少し寂しいなあって思っての更新。
すごくすごくかわいい人。

 

 

 


今いる病棟に移る前の病棟は、病状がまだ落ち着いてなかったり、他の人に迷惑をかける可能性のある人達が入る病棟だったんだけど、そこで知り合った新田さん(仮)は自分と同時期に入ってきた人だった。

飼っていた犬を元旦に亡くし、そのショックで認知症を発症して旦那さんに連れてきてもらったらしい。
80歳と話す口調はとても若々しくて、60、50代でも通じるくらいに表情も姿勢も凛としてた。

「もう歳だから、新しい子も飼えないし…すごく寂しくてね、頭がおかしくなっちゃったのよ。」
「趣味は社交ダンスとスキーで、もうずっとやってきたんだけど、痴呆には敵わなかったみたいね。」
そう言って朗らかに笑う顔に、自分の方が寂しくなっちゃったりして。

 

 


可哀想。
って、誰かがそう思った瞬間にその人は"可哀想な人"になっちゃうんだよね。きっかけは忘れたけど、その頃よく考えてた。
今平はなるべく、誰かに対して可哀想と思うことはしたくなくて、自分が見たその人を囲む環境と、その人から見た周りの景色はきっと違うし、
逆もまた然りで、自分の環境に悩んでる人には、また別の角度から見たときにはまだまだたくさんの発見がきっとあるよってことを伝えていきたい。


頑張ってても、ひたむきでも、可哀想の一言でなんだか寂しくなってしまう。
その人の輝きが褪せてしまう気がする。
些細なことでも、言葉が与える影響は時に大きく、人の在り方を左右するんだってことを、新田さん(仮)を見て改めて思えた気がした。

 

 

懐かしそうに、楽しそうに話す姿には、可哀想の文字は到底結び付きそうにない。
「飼ってた犬の名前は、むかーし付き合ってた彼氏の名前なの。ケンタって言うから、ケンちゃんケンちゃんって呼んでてね。」

次に聞いたときは「マネージャーの名前でね…」って言ってたりして、マネージャー兼彼氏だったのか…?なんの仕事してたんだ…?って謎が謎を呼んだりもしたけれど。

 


「おばあちゃんと孫ってことで、頑張っていきましょう。」

「私は新田(仮)っていうの、あなたは?」


毎日の自己紹介が本当に楽しかった。
この先少しでもあたたかい環境にいられることを、心から願う。

 

 

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それからと、これから。

 

 

あの日、
雪と同じ温度になるまで、
ずっとずっと冷たくなるまで、そこで眠るつもりでした。
本当にたくさんの人のあたたかさで、今、自分の命が息をしているんだと思うと、寒い北国にいても、じんわりと体が温かくなっていくんです。

本当に本当に、ごめんなさい。
最後まで、いろんなことに気付けなかった自分の未熟さ、幼稚さが今は恥ずかしく、気付くに至るまで、たくさんの人の悲しみと寂しさを、糧としてしまったことを、深く反省しています。
本当にごめんなさい。


たくさんの人の優しさにも思いやりにも、愛情にも触れて尚、自分の中で拭いきれない何かがあり、また、何も満たされない場所があり、形容し難い心持ちで最期の一週間を過ごしていました。
終わることでしか助からないと思っていたあの時、振り返れば、1年を通して"生きる"ということに追いかけられていて、ひたすらに疲れきっていたんだなと、ゆっくりとした時間を過ごせている今、考えています。

 


救助されて病院へ運ばれ、最初の一週間は保護室という場所に隔離されていました。
室内にはベッドと小さな窓、それに申し訳程度のついたてと、トイレの便器がそのままで設置されていて、持ち込めるものはトイレットペーパーと病院が用意した飲み物のみ。
24時間監視カメラが起動している部屋です。

初日はひたすらに時間が流れるのを待って、2日目はいつになったら出られるのか、早く誰かと連絡を取りたいと、考えていました。

3日目になって、寂しさが募りました。
その時になって初めて、自分の与えた寂しさがどれだけのものなのか、推し量ることが出来たんです。
自分でも遅すぎると思いました。
誰にも会えず、誰とも話せず、誰にも生きてるよと言えない寂しさ。自分のしたことの愚かさに、ようやく気付けた時でした。

入院時、担当の医師が、「自分がしたことの責任とは何かを考えてください」と言っていたことの意味が、少しだけわかった時でもありました。


最後の更新で、自分は"大事にされていることも理解出来ている"と書いていました。
"恵まれている"とも。

その時、理解には程遠く、
そして自分はその恵みに甘えて、大きな間違った選択をしてしまったんだと、今は思えます。

 

怒られ、もしくは呆れられることも覚悟の上で言いますが、今回の選択を、自分は後悔していません。したく、ありません。
これを後悔と言ってしまったが最後、たくさんの人の悲しみも寂しさも、そして無事と知って安堵してくれた気持ちもおかえりと言ってくれる優しさも、全てが軽くなってしまう気がするからです。

全てを心に、それよりもっともっと深い場所へ刻んで、この先ずっと向き合っていかなきゃいけないものだと考えています。

ほとんどのことはきっと変わらず、
けれど小さな変化が、この先大きな兆しとなって、自分の人生を変えていけるものだと、信じています。
今尚、変わらず自分のそばにいてくれる人達がいるからこそ、自分自身のことを信じていけます。
もう、自分は一人では生きていけないです。
この弱さを、心から、嬉しく思います。

自分の周りに溢れているあたたかいものを、ようやく、自分の芯まで、届けられるようになりました。

本当に、ありがとうございます。

 

 


あの日、確かに自分の中の何かが消えてなくなって、
けれど今、生きてきた中で一番、満たされています。

遅すぎるかもしれませんが、生を受けて24年目にして、ようやく、自分の命を生きていける気がしています。


大それたことは出来ません。けど、たくさんの人に救ってもらった命で、よりたくさんの人の気持ちに寄り添っていけたら、今回のことを、またいろんなことに活かしていけたら。その行動で、気持ちで、何か示していけたら。
自分の生を認めてくれた人達への恩返しになることを、これから目一杯模索していきたいです。

もう二度と、同じ事はしません。

 

今平は、
今、生きてます。

生きていきます。

 

最後のコンフェティ

 

 

 

 


言うこときかないクセの強さに、すぐワックスの重みに負ける線の細さ、けどサラフワな猫っ毛は、昔の恋人達に割と気に入られてた。


左右で幅の違う二重に、明らかに足りない下まつげ。けど上のまつげは爪楊枝が乗るし、たくさんの人に、初対面の人にも、瞳の綺麗さを褒めてもらえる。

 

誰に会うでも、会わないでも、家を出る前には笑う練習をして、
いつもいい人に見えるように顔を作る。

どんな表情をすればどう見られるか、
どんな言葉運びをすればどう思われるか、
病的に考えて生きてきた。

自分が誤魔化しようないものを褒められると、ただ純粋に嬉しかった。

 

 

自分の中にあるこうしたい、と
こうするべき、の境目がわからなくなって、
自分の気持ちの本当がわからなくなる。


100人いれば100人分の顔を作らなきゃいけない自分に、心底疲れてしまう。

素でいられる友達や恋人に泣きついても、解決は出来ない。
たくさんの支えの中で、最後まで人らしさを掴めなかった。

 

どうして自分はこの言葉を発するのか、
どうして自分はこの人に笑いかけるのか、
たくさんのどうしての答えは見つからなくて、一番見つけなければいけないはずの、どうして生きていくのかも、ついにはわからなかった。

 

最後の生き甲斐が消えた時に、
自分は何を演じたらいいのかも、
何の為に生きていけばいいのかもわからなくなってしまった。

一人でも生きていこうと思わなきゃいけないのに、何のために自分を生かすのかがずっとわからない。

いつまでもこびりついて離れない無価値感を、払拭出来なかった。


自分なりに一生懸命繋ぎ止めていたものがプツンと切れた。本当は薄々感じていた。きっともうすぐ、そうなるだろうって。

けど最後まで縋り付こうと出来たことは、最後の大きな前進だったのかもしれない。

 

 


父親の虐待は自分だけがターゲットで、母親は精神病持ちで自殺未遂。
機能不全家族で育った自分はそのまんまアダルトチルドレンになった。

特定の男性に対する男性恐怖症になり、上手くコミュニケーションがとれなくなる。

失敗を許されない環境のせいで完璧主義が根付いて、許す許さないがわからないまま人に対して潔癖になってしまう。

満足に愛されずに容姿を貶され続けたことで身体醜形障害が発症する。

 

 


街中を歩く人達がどうして今生きているのかわからなかった。
どうして自分で命を終わらせることが良くないことなのかわからなかった。
どうして生きることも死ぬことも、ちゃんと考える人が少ないのかわからなかった。
生きることの方がつらいはずなのに、毎日笑っていられる人達が羨ましかった。


いろんなことが認められなくて、
いろんなものが自分と違って、
生きづらさはいつまでも拭えなかった。


たくさんの人に寄りかかって生きてきた。
失恋するたびに居場所を失っていた。
誰かの一番になって、
切っても切れないものがあると安心したかった。
そんな自分が重たいことは最初からわかっていた。

誰かと一緒にいられる間に変われたらよかった。

 

 


自分を大事にして、と言われると、真っ先に消えたくなった。
大事にすることが、全て生きることに繋がると思わないで欲しかった。
理解出来ないことを、頭がおかしいと言わないで欲しかった。

おかしいのはわかってる、
おかしいながらに生きる術を模索して、
そういう人たちが悲しむと言うから、先延ばしにしてきた。


誰かの悲しみを汲み取っても自分の悲しみが癒えることは無い。

自分が生きていく苦しさの責任はとってくれない。


そんなこと考えもしないで、
人は簡単に、
死なないで。
って言葉を投げてよこす。


責任を取ってほしいわけじゃない、
責任の取れない状況から、
一緒に模索してほしかった。

生きることだけは強制して、
生き方を教えてくれないことが、
馬鹿な自分には腹立たしいことだった。

 

 

 

本当はひと月待って、二月の自分の誕生日に死のうと思った。
その間に何かまた変わるかもしれない、次は上手く生きていけるかもしれないと思った。
その考えは1時間も持たなかった。


もうダメだった。
疲れきってた。
自分が思ってる以上に限界だった。

ずっと前から考えていたことを実行した。
止まらなかった。
後ろ髪引かれるものも何もなかった。


どこにも行かない、
どこにも帰らない、
全部終わらせるために、地元に帰ってきた。

 

 

 


大好きな人達、

どうか、この選択が、一番悪い選択だと思わないでほしい。

決して一時の気の迷いでもないし、
どす黒い感情に支配されている訳でもない。

大事に思われているのも理解してる、
応えられないことを心から申し訳なく思う、

どうしても乗り越えられない。
自分が心から欲しかったものは最後まで手に入らなかった。

今、最期の時を、自分の思うように過ごせて、
心から幸せだと思う。

 

 

 

 


自分の不幸を認める中で、それでも輝く幸福があったことも確かな事実。


心無い人達もたくさんいた。けどたくさんの人に恵まれてきた。だからこうやって、今まで生きてこれたんだろう。

息子のように可愛がってくれた人、

兄のように慕ってくれた人、

まだ頑張れるって言ってくれた人、

頑張らなくていいよと言ってくれた人、

自分の生き方をかっこいいと言ってくれた人、

自分が綺麗と言うものを綺麗と言ってくれた人、

自分が泣いてると泣いてくれた人、

自分の傷を愛おしいと言ってくれた人、

そのままでいいと言ってくれた人、

一緒に変わろうと言ってくれた人、


たくさんの愛に溢れた人生でした。


それでも、
生きることを、頑張れなくなりました。

ごめんなさい。

 

 


今平は、
大好きな地元、大好きな場所で、
静かに静かに冷たくなります。

 

 

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